先に、イノベーションやDXでは高度な専門スキルを持った人材だけでなく、最低限の知識を持った多くの人や組織風土が必要だと書きました。多様な分野の専門家が同様の主張をしていますから、同じ話を聞いたことがあるかたもおいででしょう。
先ごろ目にしたコラムに、「ある文書が日本におけるイノベーションは業績拡大に役立っておらず、失敗していると報告した」と書いてありました。そのコラムの筆者は「そうは言ってもそのコラムがいう『イノベーション』の定義は、新製品の開発のことであり、シュンペーターやクリステンセンが唱えたイノベーションの意味とは違うことを踏まえて、解釈しなくてはならない」と補足していました。
ジョセフ・シュンペーターとクレイトン・クリステンセンは、イノベーションの大家です。二人がそれぞれに定義したイノベーションの意味合いには細目が多々ありますが、細かいところはその分野の専門家に譲ります。言えることは、新商品開発もイノベーションであり、世界の産業構造をがらりと変えてしまう新サービスや新ビジネスモデルもイノベーションだということです。後者に属する有名な事例は、iPhoneです。音楽プレーヤーであり、電話であり、様々なアプリを動かすコンピュータでもあるiPhoneの登場は、世界の人々のライフスタイルをガラリと変えてしまいました。
ですから新商品の開発はイノベーションの一部ではありますが、イノベーションの意味合いはそれだけにとどまりません。もっと大きな意味合いを含んでいます。本来、広い意味を含んだイノベーションの概念が日本に入ってきた後、次第に、「イノベーションとは技術革新のことである」という風に技術分野に限定されて意味合いが狭くなり、冒頭の報告書の事例ではさらに「イノベーションとは商品開発のことである」という風に、一層狭くなったようです。
イノベーションの意味をどう定義するかは、それぞれの人の自由です。ただしイノベーションが成功したとか、失敗したとかの評価を下すためには、そもそもある組織におけるイノベーションが「新商品開発」を目指していたのか、それとも「マーケットシェア拡大」や「業界地図の刷新」を目指していたのか、ゴールがはっきりしていなくてはなりません。新製品開発を目指していたイノベーションがマーケットシェア拡大につながらなかったとしても、イノベーションの失敗ではありません。そのイノベーションは、もともとそれを目指していなかっただけです。というわけで、目指していたゴールが明確でないと結果が成功か失敗かは、判断ができません。
同じことは人材開発にも当てはまります。たとえば「部長職にアンコンシャス・バイアスを理解してもらって、ダイバーシティを推進してもらいたいので、研修実施する」場合、研修(と、もしかしたらフォローの取り組み)の後、部長たちにどうなって欲しいのか明確でなければ、研修効果の是非は語れません。ペーパーテストで一定の点数を取ればOKなのか?あるいは研修前と後で、何らかの問題行動が減少したり、特定の言動が増えたりする必要があるのか?
戦略論でイノベーションについて考える時も、人材開発を考える時も、重要な本質は共通です。